Wednesday, 5 August 2020

些細なリンク

都市のように歩いているだけで広告やらいろんな情報が視覚に飛び込んでくる情報過多な環境にいない私。それどころか、なるべく情報を自分内統制しようとしている。

そうじゃないと、活字中毒ゆえいろいろジャンクミーハー情報を検索してだらだら見すぎてしまう。だからなるべく情報を厳選しているつもりだ。

それなのに世の中の流行りとリンクしたとき、なんだかおもしろいなと思うことと同時に怖さを感じる。

いつかむかしのぼんやり記憶の奥底に残ったものに、無意識に影響される恐ろしさ。

いまは簡単に情報を得ることができるように思っているけれど、なにかを差し出しているのかもしれない。何をみるかの重要性が前にも増して求められている。

(my)

Friday, 24 July 2020

ワープ

このひと月はあっという間で、気づけば7月も後半になっていた。なんだかワープした気分。先週のことがだいぶん前のことみたい。時間感覚が今年に入っておかしい。

公私ともにいろいろなことがあって、濃厚だった。(公私の境目が曖昧な事柄もあった。)はじめての経験も多かったなぁ。いくつになっても、学ぶことだらけです。

前回ブログを書いたときと今とでは社会情勢も驚くほど変化している。昨今は変化が急激すぎて、軸を持たないと不安で流されそうになってしまう。ほんとうは今までもそうだったのかも知れないけれど、目にみえて未来について予測不可能と感じる今日この頃。

こんなときこそ、できることを地道にやっていくしかないのだと自分に言い聞かせています。

(my)

Thursday, 2 July 2020

ちょっとした習慣

いままであるものや環境を変えることに抵抗があるのは人としての性質なのか。
それが大した変化でなくても。なんやかんや理由をつけて、頑なに変えないでいようする。現状を変えることは勇気がいる。

最近、流れでいろいろなことをリニューアルした。変える前はぶちぶち不安な気持ちから乗り気ではなかったんだけれど、やってよかったと思う。行動したくない心の中の抵抗勢力をなだめつつ、気軽に試していく。些細なことだけれど、とても爽快感。

昔の自分が決めた心地よさ。今の自分とは違うかもしれない。
常に更新していくことって大事なのかもしれないなぁと痛感した。

(my)

Thursday, 25 June 2020

脱こだわり派宣言

自他ともに認めるこだわりが多いタイプ。
年齢のせいか、だんだんそういうことに疲れてきたと同時に、なんだかこだわりすぎると幅が狭まる気がするように。

例えば10代~30代(長いな~)、食べ物にもオーガニックやらこだわっていた。
今となっては、バランスよく旬のものを食べるのが一番と思っている。
そのころ、これもいやあれもあかんと、いろいろややこしかっただろうなと反省している。

何事もほどほどにと痛感する今日この頃。
といっても傍からみたら、十分こだわりすぎてるかもしれないけれど。
ということで、「脱こだわり派宣言」なのです。

自分から可能性を限定せず、軽やかに行動できたらいいな。

(my)

Monday, 22 June 2020

体内時計

いつもならこの時期は、夏本番といってもいいくらい暑くて、木工作業をしていても汗ダクになっている気がする。その影響で体内時計が1ヶ月くらい進んでしまって、6月なのに7月の頭になってしまう。

気候のせいでどこかいつも焦っている気持ちに、まだ6月だから大丈夫、となだめている理性的な自分を発見することもある。考えてみると、体感的なものは野生に直結しているのかもしれない。野生と理性。音楽を聴くこともきっとそう。

今年の冬からの気候は、例年とかなりちがっているので、体内時計がおかしくなっている。コロナの影響もあいまって、修理に出した方がよいくらいだ。

先月までストーブを使っていたし(まだ片付けていない…)、最近も急に肌寒くなって上着をひっぱり出してくることもある。夏へ向かうスピードがかなりスロー。

今年は1ヶ月以上は体内時計の針が遅れている。今がゴールデンウイークくらいかな。そんなこんなで、元々のノンビリ体質に拍車がかかってしまっている。

コロナと気候も連動しているような気もする。いったいどうなるのだろうか。

(青柳)

Friday, 19 June 2020

梅の季節

今日は、梅酒を仕込んだ。結構手間はかかるけれど、達成感はある。あとは時間がおいしくしてくれることを待つのみ。ほんとうは何年物と準備したいところだが、いつも1年も経たず飲み切ってしまう。

数日前に、梅の収穫。去年と同様いいにおいに包まれながら、梅の木さんありがとうという気持ちでいっぱいに。

近くの神社では、茅の輪くぐり。夏越の祓。夏もいよいよ。
水無月の和菓子も食べよう。梅干しの準備もしなくては。

なかなか6月は忙しい。嬉しい忙しさだけれど。

(my)

Tuesday, 16 June 2020

ニューノーマル

「アフターコロナのニューノーマル」という言葉が使われているらしい。
もはや日本語は「の」だけ。すぐに意味を理解するのはとてもむずかしい。

外国語がカタカナ化されると、新単語が突然生まれる。「アフターコロナ」の日本では、以前に増して新輸入単語を使うのが当たり前(ノーマル)になっている。すぐに理解されることをあえて拒んでいるような印象すら受けてしまう。

新しいスピーカーの名前につかった「NORM」という単語は、ノーマルと同じ語源で、「基準」という意味を持つ。ネットで調べたら、ラテン語の語源に「大工の物差し」という意味があることを知って採用した。まさしく音楽再生の「ものさし」となるような普遍的なスピーカーが作りたかったから。

それにしても「常識」「普通」という言葉を聞くと、いつも頭のどこかに違和感を感じてしまう。考えてみるとこの違和感は、みんなが同じ「ものさし」を持っていることが前提とされる世界に対するものなのかもしれない。

実際それぞれの人が持つ「ものさし」はオリジナルなものだ。生まれてから今までのすべての経験や環境がその人の「ものさし」の目盛りや長さを決定する。他人と全く同じなんてあり得ないはず。

国や社会が決定した「ものさし」で測った「常識」と自分の「ものさし」で測った「常識」とのズレ。

こんなことを考えている時、いつも脳内スピーカーで流れているのは、坂本慎太郎さんの『まともがわからない』。

(青柳)