Thursday, 8 November 2018

AUTECHRE IN AUTUMN

スピーカーMONOを使い始めてからだろうか、オウテカの存在感がどんどん大きくなって来ている。
基本的に派手さがない音楽だと思うが、一つ一つの音を味わうとじんわり美味しい。
かなり硬質なテクノサウンドがこれほどまでに温かく感じられるのは、やはり作り手の心がなせる技なのだろう。
MONOのおかげで今までスルーしてしまっていたような音楽の背後にある何かを感じられるようになった気がする。

ついに以前から気になっていたオウテカの1991年から2002年までのEPを集めたボックスを手に入れた。
黒のペーパーボックスに収められたトーンの異なるグレーのCD5枚。つや消しの紙ジャケットにある文字は曲名のみ。しかも全てプリントではなく型押し。そして必要な情報は、CD盤面に読めないくらい小さな文字でサークル状にぎっしり記載されている。
美術館でスゴイ作品に不意に出会ってゾクゾクしたような感覚。これぞアート。僕はそう思う。

気がついたら最初から最後まで一気に聴いてしまった。47曲5時間39分59秒あるらしい。
秋の空気にオウテカはよく合う。
horaanaに訪れた突然の「藝術の秋」。

(青柳)


Wednesday, 31 October 2018

音の缶詰

朝、夢うつつベッドの中から、ラジオを聴いていた。80年代の歌謡曲が流れる。その時代の空気がその音には詰め込まれている。缶詰をあけたときのように、新鮮に思い出される。時代を象徴するような音。

時代を象徴するものと時代を飛び越えてtimelessなもの、そのどちらか。
個人的にはいつの時代か分からないものの方が好みなんだけれど、たまにはこういった時代を感じさせるものもいいなとも思う。

(my)

Tuesday, 30 October 2018

ミナス気分

意外と簡単に家でコーヒーが焙煎できると聞いて自分でもやり始めた。今年の冬の雪が混じるような寒い日だった。
金網でできた籠状のフライパンの中に初めて見た緑色をした生のコーヒー豆を入れて、ガスコンロの上でよく分からないままひたすら振り続けた。パチパチと音がして、コーヒーの焦げる匂いが漂ってきた。あっと言う間に真っ黒になってきて、慌ててコンロから離した。試しにそのまま豆をかじってみた。なんともいえない強いコーヒーの香りが口の中に広まった。

何でも初めて自分でやったときのことは強く記憶に残っている。初めてのスピーカーから空間に広がった音を思い出す。

半年以上経過して焙煎のコツも少しづつ掴んできた気がする。豆は今のところブラジル産だけを使っている。世界中の産地から選ぶのは迷ってしまうけど、音楽を一番感じさせる場所という理由で。ブラジル・ミナス地方の豆が豊富なのが嬉しい。

10分以上豆を振り続ける作業はさすがに腕が疲れてくるけれど、脳内でブラジル音楽を再生してそれに合わせていたら結構楽しいです。(ミルトン・ナシメントは定番)調子に乗り過ぎたら度を越した深煎りコーヒーになってしまうので注意が必要。

(青柳)


Tuesday, 23 October 2018

栗 マロン

今の季節は、栗。ちなみにわたしにとってのパリのイメージは季節は秋でマロン色。

栗のお菓子のことを思うだけで、本格的に秋がきたとおもう。モンブラン(有名どころでいえばアンジェリーナのデミサイズが好き。それにしてもデミでも十分大きいよなぁ・・・いつも半分ずついただいている)、タルトにパウンドケーキ。和菓子だときんとん(中津川すや行ってみたい!)や蒸しようかん。色もいいのだ。

栗をいただいたのでごはんにしてみた。美味しいのだけれど、剥くのが大変すぎる。おもわず栗剥きナイフを買おうとおもったが、あまり汎用性が低い道具を買うのもなぁと考えてしまう。それで残りの栗は冷蔵庫に入ったままだった。

今日、奮起して残りの栗の渋皮煮をつくった。鬼皮をむくのがやはりめげそうだったけれど、途中ゆがいているときのお湯にうつった色のきれいなこと。みとれてしまう。(こんな色の装い、いいな。)においもよい。今晩置いて明日食べるつもり。まぁがんばった甲斐はあったかな、と思いたい。(少しどきどき。)

(my)

Thursday, 18 October 2018

ネットでレコ買い その2

インターネットでレコードを買えるようになって、一番楽しいのはDiscogsでの買い物。世界各地のレコード屋さんから直接購入することができるなんて夢のようだ。アーティストやレーベルのディスコグラフィーに直結しているので、「こんなリリースがあったのか」とそのまま買ってしまうことも多々。WANT LISTのレコードを探すには本当に最適だと思う。探し求めていたレコードを購入することが多いので、手堅い買い物なのだが、レコード以外のドキドキ感が付随しているのがハマってしまうところ。

国際郵便で送られてくるので、いつ届くのか具体的にわからない。「もしかしたら届かないかも。」なんて思いながら毎日配達を心待ちにするのも童心に戻ったようで悪くない。ついに届けられた時の嬉しさといったら。この感情は国内配送では味わえない。

届いたレコードのパッケージを見るのも楽しみのひとつ。ダンボールの色や質、テープの貼り具合、手書きで書かれた宛名、発送国の切手の絵柄。長旅を終えて海外からやって来たという佇まいを全体にまとっている。匂いもどこか違う。

再利用されたツギハギの破れたダンボール、グチャグチャに貼られたテープに殴り書きの住所というすごい状態で届いたフランスからのパッケージが抜群にカッコ良く、アートを感じてしまったこともある。最近ドイツから買ったゴンチチのLPは、保護のためにナナ・ムスクーリのダブルジャケットに包まれて送られてきた。(写真参照)ギリシャからのレコードは、自分で撮った犬の写真のポストカードにメッセージをつけて同封してくれていた。どこの国かは忘れたが、パッケージを開封すると「Enjoy Music!」と書かれたダンボールの切れ端が出てきたこともある。(今も捨てられずに保管している。)

Discogsでの買い物は、大手のオンラインショッピングでは味わえないような前時代的なアナログ感がある。海外の人とちょっとしたコミュニケーションがとれたり、文化の違いを楽しめるのが良いところ。異国に思いを馳せながら届けられたレコードを聴いていると、つかの間の旅行気分を味わえる。

(青柳)

Thursday, 11 October 2018

お手入れの魔法

若者の頃(10~20代)、物を買うことに熱心でひとつ物を手に入れたら次のものといった具合で、じっくりひとつの物に向き合うというより踊らされていたというか。(時は90年代。雑誌文化も華やかで月それだけで数千円使っていたな。定期購読もしていた。今とは大分違うなぁ。)

現在は、物を買う行為だけで満足するのではなく、使いたおしてなんぼという感じになっている。それはどういうことかというと、厳選されたものを丁寧にお手入れしながらきちんと向き合ってじっくり使うということ。そういったことに喜びを感じるように。量より質といった具合か。

住空間も好みのインテリアに揃えるのみならず、そのあと清潔で整えられた空間を保つのが大事なのだ。見えない部分の空気が変わる。一緒のようで一緒ではない。見えないところにある居心地。手をいれることにより、自分独自のものとなっていく。

なぜ今日こんなことを書いているかというと、ここ数日間出張でいつもより掃除がおろそかになって同じ空間なのだけれど、なんだか違ったふうに感じられたからだ。掃除をきちんとして手をかけると、また普段と同じになってほっとしている。

(my)

Tuesday, 9 October 2018

都会の流れ

梅田に来るたびに変わったなぁと辺りをぐるりと見上げる。阪急が新しくなった頃まではなんとかついて行けていたが、今ではエリアもかなり拡張されて、もうキャパオーバーだ。

滋賀のものづくりに焦点を当てた『KURASHIGA』展の搬入で車で梅田に向かった。道の正面に遠くに見えている阪神百貨店の様相が記憶と異なってる。ついに建て替えられたか、と少し寂しい気持ちに。

大学を出て最初に勤めたのは梅田駅前のオフィスビルだった。阪神百貨店の道のカーブに沿ったアールのついた建物を見て毎日通勤していた。派手ではないけど、その佇まいが好きな建物だった。

当時「レコード1枚は必ず買って帰る」という日課を設定して、仕事の後は必ず梅田のレコード店を散策していた。若気の至り。(いまでもやりたい…)当時のレコード店はどれくらい残っているのだろうか。個性豊かな店内の様子、店主の顔が脳裏に浮かぶ。

いつの世も全ては変化して行くものだから仕方ないけれど、今の流れは個人的にはあまり楽しくない。大きな流れが小さな流れをどんどん吸収していってしまう。都会という大きな流れから離れた場所で暮らしているから、特にそう感じるようになったのかもしれない。

(青柳)