Friday, 31 May 2019

日日雑記#8

枇杷をいただいたので、贅沢にもびわ酒にしてみた。(村田和子さんの本を参照。自費出版の3~5集を最近手に入れた。1~2集も気長に探すつもり。)ガラス瓶の中で揺れる姿を見るだけでも美しくて自然と嬉しくなる。はじめての試み。待つ時間という楽しみ。

「運鈍根 井上梅女聞き書き」という本を読む。丸梅という東京四谷にあった伝説の小料理屋。そこの初代女将のおはなし。すごく面白く感銘を受けた。語られる料理哲学には共感することしきりだ。ホルトハウス房子さんの料理本で丸梅の料理が載っている本があるそうなので、再度読んでみよう。(ずいぶん前に読んだ本だけれど、そのときはそこまで和食に関心がなかった。)

明日から、6月。気持もあらたに過ごそうとおもう。

(my)

Sunday, 26 May 2019

五月の風

さまざまな種類の鳥や蝶が空中を飛び交う。新緑が目に眩しいほど鮮やかだ。五月は、身の回りの自然から音楽的な感覚を喚起される季節。古今東西を通じて音楽家たちは、生命感溢れるこの季節の一瞬のキラメキのようなものを永遠に保存するために作曲したに違いない。

耳を澄ませば、風の音が聞こえる。風の音ってなに?改めて確認してみると、風が吹いて木の葉がこすれる音だった。しなやかな若葉から生まれる風の音は、他の季節では聴けない特別な音質を持っている気がする。純粋に風の音だけ(空気が動く音)を聞くことはできないのかもしれない。現実世界の物質があるから僕は音を感知する。

レコードやCDで音楽を聴くのをやめて、このまま風の音だけを聴いていたいところだが、そうもいかない。五月の自然に喚起されて、僕の音楽欲は旺盛になっている。新しい音楽、聴き慣れた音楽、何を聴いても心踊る。一ヶ月前は何を聴いても楽しめなかった。音楽狂の僕にとっては珍しい状態だったのに。

風が心地よい季節が年々短くなって来ている。気がついたら夏の空気となっていた。美しいものは何とも儚いものだ。

(青柳)

Friday, 10 May 2019

夏の扉

新元号になって早10日も経った。昭和は遠くなりにけり。昭和生まれの私は、これからの令和生まれからみたら明治の女みたいな感じになるのかしら。

今年の特別なゴールデンウィークもあっという間だった気がする。というか、最近日々が早送りのように過ぎていく。もうちょっとのんびりといいたい気もする。この感覚は、個々人のものなのか時代的なものなのか。

自営業なので、まとめてそんなに長く休みは取れなかった。基本的には自宅にいた。それでもゴールデンウィーク気分を味わうべく、いつもとは違うことをした。(お昼間に”お好み焼き+ビール”と夜に”ピザ+ワイン”パーティ。)

普段しないことをするだけでも、どこか特別気分に。ハレとケは大事な感覚と思い知る。

(my)

Tuesday, 30 April 2019

時代の転換期

平成という時代が終わろうとしている。昭和に生まれ思春期に平成となり30年経った。なんだかんだいって平成の影響を強く受けて生きてきたのかもしれない。

平成は変化の時代だったような気がする。世界が何回かひっくり返された印象さえ受ける。良い悪いという価値観ではもう何も計れない。複雑になり過ぎて全てが行き詰まってしまったかのようだ。

明日から令和というあたらしい時代が始まる。フッと何かが変わる時が訪れると信じたい。これほどまでに多様化した世の中でも飛び切り気持ちよく響く何かはきっとあるはず。夢にあふれる時代を生きてみたい。

(青柳)

Sunday, 14 April 2019

チェリーブラッサム

今年の春は様子がおかしい。こちらに越して来てはじめて冬に雪かきをしなかった。その作業は大変だけれどそれ以上に暖冬が影響するだろう様々なことを思い浮かべて、心配になる。琵琶湖の深呼吸もなかったらしいし・・・。

桜の開花も平年より遅い気がするし、この時期なら昼間には使わなくていいストーブもまだ離せない。春は肝の季節なので、どこか体調も思わしくない。(こちらは例年通り。)

それでも春は、フレッシュな気持ちと一緒にやってくる。満開の桜の花と菜の花広がる田園風景。桜餅と三色団子、お茶を入れて花見にでかけた。

(my)

Monday, 8 April 2019

十王村の水

一年ほど前から、飲料水として湧水を汲みに行っている。それ以前は水道水を浄水したりしていたが、彦根にある十王村の水を飲み始めたら、普通の水に戻れなくなってしまった。独特のとろみと柔らかさは天然水ならでは。

その水がここしばらく飲めなかった。2月に訪れたら、ポンプの故障のため利用不可と掲示されていた。人間はさておき湧き水の池でいつも元気そうに泳いている鯉が心配。(しばらくして鯉のための水の汲み上げは再開した。)

最初は水道水に抵抗があったけど、しばらくしたら自然と気にならなくなってしまった。人間の適応能力(=慣れ)は凄いものだ。

最近湧水が再開したと聞いて、早速汲みに行って来た。タンクに入れた後、衝動的に体が求めて両手ですくって飲んだ。「ああ、これだ。」記憶に刻まれていた水の味が口の中に広がった。池の鯉たちは日光を浴びてからだの表面が透き通ったように光っていた。

朝に十王村の水で淹れたコーヒーを飲みながら、いつも当たり前と思っている身の回りの色々なことのありがたさ、かけがえのなさについて考えた。

(青柳)

Wednesday, 3 April 2019

いちご畑でつかまえて

ふぞろいの苺がたくさんつまったパックをみつけた。春だなぁ。ジャムに良さそう。比較的きれいなものはそのままおいしくいただいて、あとはジャムに。佐藤雅子さんの保存食の本を参考に。

パックの中には、花のはなびら。いちご畑の側に、梅の木でも立っていたのかな。

急に、大島弓子のいちごのタイトルがついたマンガが読みたくなる。

今日はまだまだ寒いけれど、明日にはあたたかくなるというニュースを信じよう。

(my)