Thursday, 2 July 2020

ちょっとした習慣

いままであるものや環境を変えることに抵抗があるのは人としての性質なのか。
それが大した変化でなくても。なんやかんや理由をつけて、頑なに変えないでいようする。現状を変えることは勇気がいる。

最近、流れでいろいろなことをリニューアルした。変える前はぶちぶち不安な気持ちから乗り気ではなかったんだけれど、やってよかったと思う。行動したくない心の中の抵抗勢力をなだめつつ、気軽に試していく。些細なことだけれど、とても爽快感。

昔の自分が決めた心地よさ。今の自分とは違うかもしれない。
常に更新していくことって大事なのかもしれないなぁと痛感した。

(my)

Thursday, 25 June 2020

脱こだわり派宣言

自他ともに認めるこだわりが多いタイプ。
年齢のせいか、だんだんそういうことに疲れてきたと同時に、なんだかこだわりすぎると幅が狭まる気がするように。

例えば10代~30代(長いな~)、食べ物にもオーガニックやらこだわっていた。
今となっては、バランスよく旬のものを食べるのが一番と思っている。
そのころ、これもいやあれもあかんと、いろいろややこしかっただろうなと反省している。

何事もほどほどにと痛感する今日この頃。
といっても傍からみたら、十分こだわりすぎてるかもしれないけれど。
ということで、「脱こだわり派宣言」なのです。

自分から可能性を限定せず、軽やかに行動できたらいいな。

(my)

Monday, 22 June 2020

体内時計

いつもならこの時期は、夏本番といってもいいくらい暑くて、木工作業をしていても汗ダクになっている気がする。その影響で体内時計が1ヶ月くらい進んでしまって、6月なのに7月の頭になってしまう。

気候のせいでどこかいつも焦っている気持ちに、まだ6月だから大丈夫、となだめている理性的な自分を発見することもある。考えてみると、体感的なものは野生に直結しているのかもしれない。野生と理性。音楽を聴くこともきっとそう。

今年の冬からの気候は、例年とかなりちがっているので、体内時計がおかしくなっている。コロナの影響もあいまって、修理に出した方がよいくらいだ。

先月までストーブを使っていたし(まだ片付けていない…)、最近も急に肌寒くなって上着をひっぱり出してくることもある。夏へ向かうスピードがかなりスロー。

今年は1ヶ月以上は体内時計の針が遅れている。今がゴールデンウイークくらいかな。そんなこんなで、元々のノンビリ体質に拍車がかかってしまっている。

コロナと気候も連動しているような気もする。いったいどうなるのだろうか。

(青柳)

Friday, 19 June 2020

梅の季節

今日は、梅酒を仕込んだ。結構手間はかかるけれど、達成感はある。あとは時間がおいしくしてくれることを待つのみ。ほんとうは何年物と準備したいところだが、いつも1年も経たず飲み切ってしまう。

数日前に、梅の収穫。去年と同様いいにおいに包まれながら、梅の木さんありがとうという気持ちでいっぱいに。

近くの神社では、茅の輪くぐり。夏越の祓。夏もいよいよ。
水無月の和菓子も食べよう。梅干しの準備もしなくては。

なかなか6月は忙しい。嬉しい忙しさだけれど。

(my)

Tuesday, 16 June 2020

ニューノーマル

「アフターコロナのニューノーマル」という言葉が使われているらしい。
もはや日本語は「の」だけ。すぐに意味を理解するのはとてもむずかしい。

外国語がカタカナ化されると、新単語が突然生まれる。「アフターコロナ」の日本では、以前に増して新輸入単語を使うのが当たり前(ノーマル)になっている。すぐに理解されることをあえて拒んでいるような印象すら受けてしまう。

新しいスピーカーの名前につかった「NORM」という単語は、ノーマルと同じ語源で、「基準」という意味を持つ。ネットで調べたら、ラテン語の語源に「大工の物差し」という意味があることを知って採用した。まさしく音楽再生の「ものさし」となるような普遍的なスピーカーが作りたかったから。

それにしても「常識」「普通」という言葉を聞くと、いつも頭のどこかに違和感を感じてしまう。考えてみるとこの違和感は、みんなが同じ「ものさし」を持っていることが前提とされる世界に対するものなのかもしれない。

実際それぞれの人が持つ「ものさし」はオリジナルなものだ。生まれてから今までのすべての経験や環境がその人の「ものさし」の目盛りや長さを決定する。他人と全く同じなんてあり得ないはず。

国や社会が決定した「ものさし」で測った「常識」と自分の「ものさし」で測った「常識」とのズレ。

こんなことを考えている時、いつも脳内スピーカーで流れているのは、坂本慎太郎さんの『まともがわからない』。

(青柳)

Thursday, 11 June 2020

梅雨、ジャムを煮る。

こちら関西でも梅雨入りしたとのこと。

今日の午前中。雨が本格的に降り始める前に、桑の実をとる。鳥と動物がとらなさそうなところを選ぶ。

桑って英語でマルベリーって調べるまで知らなかった。英国にそんな名前のブランドがあったなぁ。とりとめのないことを考えつつ、鍋で煮てジャムにする。

ベリー系の深いきれいな色が鍋のなかに広がる。あまりの美しさにじっと眺める。あたりにただよう良い匂い。どんなかんじになるのか楽しみだ。

(my)

Wednesday, 3 June 2020

知らない単語

緊急事態宣言から約2ヵ月。前とは変わってしまった世の中。
特にそう自覚してしまうのは、いままでなかった些細な瞬間。
例えば、ラジオから流れるニュースであまり耳なじみのない言葉や単語を聞いたとき。

当たり前のように使われているけれど、いつからその言葉がわたしたちの日常生活に入ってきたのか。少し前は、あまり耳することがなかった響き。

往々にして、カタカナ英語が多い。じっくり考えてみたら意味がわからないことも多い。それでもインターネットの世の中になっているから、すぐに調べることができる。そしてわかったつもりになっている。

でもなんだか腑に落ちない。すぐに調べるすべがなかったら、この言葉を聞いてどう感じているのだろう。

あたらしい言葉や単語により、世の中が変わってしまった実感を感じるなんて。
すこし過敏すぎるのかなと、自問自答の日々。

(my)

Monday, 1 June 2020

ホームノルムという着地点

昨日より試聴機貸出サービス HOME NORM(ホームノルム)がスタート。思っていたことが、想像とはちょっと違ったかたちで実現したような気持ち。

ホラオーディオのスピーカーはおもに家で使ってもらうことを想定して開発されている。実際に居住空間で試してもらうのが一番だと分かっていたが、いろいろな問題があり、実現には至っていなかった。

今年ノルムというスピーカーが誕生し、発表予定の4月にはコロナ禍の世の中に。色々と営業活動を考えていたのに、ステイホームするしかない。

その時に以前からやってみたかったスピーカーの貸出を始めようと思った。A-CASEアンプも出来たことだし、貸出セットだけで気軽に音を体験してもらえる。すべて揃った。そういう流れだと思った。

サービスの名前は迷わず HOME NORM に。というのもノルム開発のきっかけが、Appleのスマートスピーカー「HomePod」だったから。発売のニュースを知って、名古屋のApple Storeで実物を見て音を聴いた。

ずっと前からMONOよりも気軽なホームスピーカーは作りたかったが、HomePodとの出会いが着火剤となり、開発がスタートした。その後かなり紆余曲折あって、ノルムが完成した。(機会があれば、開発ストーリーを書きたいと思います。)

ノルムを見て、HomePodがきっかけだと思う人はまずいないだろう。でもそういう予想外の事が起こるからモノづくりは面白い。

最終的にHOME NORMという名前に行き着いたところに不思議な縁を感じてしまう。

(青柳)

Wednesday, 27 May 2020

パーティ会場は桑の木

すこしまえから、空き地にある桑の木にむかって様々な鳥たちが飛んできて、歌ったりなにやら楽しそうな様子。まるでパーティ会場のよう。

みにいってみると、桑の木に実がたわわに実りはじめている。美味しそうに熟しているものもある。これが目当てなのかな。

ふとその日の七十二候を調べてみると”蚕起食桑”だった。暦ってすごい。暦を知らないでもしっかり桑の実がなるのを知っている鳥たちはもっとすごい。感心してしまった。

今日も、鳥たちのパーティはまだ続いているようだ。その歌声も響いている。桑の木は風に揺れている。みんな嬉しそう。それをみているわたしにもその気持ちのおすそわけ。

(my)

Monday, 25 May 2020

スマイル

「村上RADIO」の特番が先週放送されたニュースを知り、聴き逃しサービスを使って聴いた。いつもと違い金曜夜10時から、しかも2時間番組だったようだ。『ステイホームスペシャル』。今だからこそ、の放送だ。

村上さん自身もステイホームで収録したらしい。ご自分のオーディオを使って録ったと聞いて、スペシャル感がグッと増す。コロナ状況下の今を生きている人たちに向けた、希望にあふれた選曲、冗談を交えたお話しに心が和み、温かくなった。村上さんと同時代を生きていることを嬉しく思った。

エリック・クラプトンが歌う『スマイル』が紹介された。たくさんの音楽家がカバーしていることは知っていたが、これは初めて。僕が一番なじみ深いのは、細野晴臣さんのヴァージョン。『HosoNova』のライナーノーツを読んでチャップリン作曲であることを知った。

ラジオのおかげで、ナット・キング・コール、マイケル・ジャクソンの歌をこれまでに聴くことができた。ネット検索してみると、時代を問わず愛されている曲だということがよく分かる。元々はインストゥルメンタルのこの曲に歌詞が付き「うた」になったそうだ。

歌い継がれる「うた」。
「うた」とは一体何なんだろうか?とよく考える。
ふと、作曲者の「こころの結晶」のような気がした。
チャップリンの心が、コロナ禍におかれた現代人の心と同調する。
ただただ美しい。

(青柳)

Wednesday, 20 May 2020

漱石先生とわたし

はじめての出会いは小学生のとき。私にとって縁がある土地で先生をしていたことがあるとかで旧居等ゆかりの場所があった。古い日本家屋や小説の舞台になった場所を訪れた。

思春期の頃、本を読んでみたがあまりよくわからなかった。はじめの一冊に王道のものではなく、かなり難解なものを選んでしまったせいか。(思春期っぽいな。)あとは教科書で読むくらい。すごいのはなんとなくわかるけれど、そこまで興味を持つこともなかった。

20代のころ、自ら望んでロンドンに住んだ。それなのに、到着後数カ月ほど鬱っぽくなってしまった。すごいスピードの英語、鬱々と冬に向かう空、実家をでていきなり海外に住んだこと。勝手に心の友としていた。(もうひとりは亡命中時代のカエターノ。)そのあと鬱から抜けるとロンドン生活を最大限満喫し、その気持ちを忘れてしまった。

そして、今。意外と読んでいなかったなと、ふと「猫」を読んでみて、あまりの面白さに驚いてしまった。約150年前に生まれたひととは思えない感覚。現代っぽいというか普遍的なのだろうか。そして作品のみならず評伝や研究書までも読みたくなってきている・・・。再発見できたという、なんだかうれしい気分。

(my)

Sunday, 17 May 2020

機械だって

寝室で使っているラジオチューナーの調子がいまいち良くなかったので、一度内部を見てみることにした。ノイズが入りやすくて、少し時間が経つとチューニングがズレていく感じ。

7年前くらいにリサイクルショップで購入したとても古いTRIOのチューナー。ジャンク品で1500円だったと思う。コンパクトなサイズとシンプルなデザインが気に入って、ダメ元で購入したら、ちゃんとラジオが聴けて、こんなに古いのに凄いなー、と感心した。

それ以来、ラジオはチューナーで聴くようになった。ネットラジオも試してみたけれど、どこか音質的に物足りなく感じてしまう。レコードと一緒。ノイズは入ったりするが、アナログの音質は体感的に気持ち良いものだ。

チューナーの箱のネジを外して、電気的なことは分からないので、内部のホコリ、サビを可能な限り取り除いた。ついでに塗装が剥がれていた場所も補修してから、ボリュームノブを外して徹底的に全体を磨いた。元どおりに組み立ててみると、見違えるように光っている。あー、早くメンテナンスをやっとけばよかったと後悔。

寝室に運んでラジオをつけてみた。あれっ、音が良くなった。ノイズも少なくなっている。機械的な修理は何もやっていないのに、不思議なものだ。愛情をかけると機械もちゃんと応えてくれることを学んだ。人と道具の関係。いつも気持ち良い音楽を届けてくれて、感謝です。

(青柳)

Wednesday, 13 May 2020

季節の色

季節に応じて、さまざまなテーマカラーがあることを知った。
今のような自然にあふれるところに住む前は、気づかなかったこと。

5月というのは、若々しい色にあふれている。
そして咲く花で印象的なのは、薄い紫色。
代表的なものは藤の花だが、個人的には庭にこの時期に咲く桐の花。
今日庭仕事をしている手をとめて見とれていると、あたりに蝶も舞っていた。
なんだか些細な事だけれど、それだけでとても嬉しい気分になった。

(my)

Sunday, 10 May 2020

早起きのときは

ここ最近、かなり早い時間に目がさめるようになった。深夜といっても良いくらいの時間に驚いて、このまま起きてたら体が持たないと思い、寝床に戻ることもある。

もともと朝型タイプだが、太陽が昇っていても全然起きれない時期もあれば、今のように過度に早起きな時期もある。その両極端の間には、もちろん適度な時間帯に起きている時期がある。周期はだいたい2〜3年といった感じで、どういうことなのか、自分でもよく分からない。

寝床で日が昇る時間になることを待つことも多い。最初に教えてくれるのは、カラスだ。まだ暗い朝のある瞬間に、どういうつもりか分からないけれど、鳴き声を上げる。うっすらと日光が感じられるような時間になると、様々な鳥たちがあちこちから、何とも心地よい音を奏でる。こんな最高な音響の目覚まし時計はないと思う。サウンドは、サラウンドで立体的、かつ、とても自然だ。

起床してからの最初の日課は、コーヒーを淹れること。1日で飲む5杯分くらいの量を一度に作っておく。朝日を見ながらのコーヒー&スモーキング。そのあと、真空管アンプを温めてから音楽を聴く。レコードで聴くことが多い。それもクラシック音楽。生楽器のアナログサウンドがしーんととした朝の空気によく馴染む。

静かなピアノ曲や小編成の室内楽が定番。そのあとはその日の気分でレコードを選ぶ。最近、早朝に小さな音で聴いて鳥肌ものだったのが、BRIAN ENO "DISCREET MUSIC"。僕が持っているLPの盤質はかなり悪く、なかなか聴く機会がないレコードだった。

針を載せた瞬間、生まれたての朝の空気の中、スクラッチノイズが朝靄のようにとても美しく浮かび上がった。靄が晴れるように徐々に音楽が聴こえてきて、一時クリアに響く。朝日のようだと思った。その後、途中幾度となくノイズによって音楽が遮られながらゆったりと音楽が空間に漂う。レコードのノイズがこれほどまでに美しく響いたのは初めての経験だった。

「早起きは三文の徳」だなと思った。

(青柳)

Wednesday, 6 May 2020

新緑

名も知らない樹々から風に乗って運ばれてきた爽やかなにおい。深呼吸して、胸いっぱい吸い込む。あたりをみまわすと、いろいろな緑色のグラデーション。新緑の季節がやってきたと、嬉しくなる。

ふと、匂いについて考えてみる。人工的に計算された香水に惹かれる気持ちは想像できる。若いころ、興味をもって香水売り場に通ったりすてきなかおりを選びうつくしい瓶を化粧台に並べてみたり調香師の本やら読んだりしたときもあった。ただ憧れこそはすれ、身に纏うことはなかった。自分にとってしっくりくるものではなかったのだろう。料理するときや、持ち物にかすかに残ることが、気になったりしたということもある。

わたしにとっては、季節がつくりだす自然のはかないかおりを感じることが心地よいのだと思う。

(my)

Monday, 4 May 2020

家という基準

コロナウイルスが世に広まってから、以前より人々の家にいる時間が増加した。

もともとあまり外出しないような人にとっては、さほど変化がないことかもしれないが、外での活動をメインにしていた人にとっては、かなり非日常的な、苦しい状況であることは想像できる。どんな人であれ、自分にとっての「家」という存在を何かしら見直すきっかけになったと思う。

人間にとっての家は、動物にとっての巣と同じで、活動の基本になるような大切な場所。家は、その人となりを自然と多面的に表しているとさえ思える。他人を家に入れるのが感覚的に恥ずかしいと思うのは当然だと思う。

家は、個々の人間の活動、思考、環境の「基準」となるような存在ともいえる。今、世界中の人たちがおのずと足元を見直しているとしたら、世の中が変化するのは必然的だ。アフターコロナの世界はどうなるのだろうか?

ステイホームを続けながら、こんなことを考えたりしている今日この頃。

(青柳)

Thursday, 30 April 2020

慣れについて

DVD用に使っていた液晶モニターがとうとう映らなくなってしまった。しまい込んでいたかなり昔の古いブラウン管モニターをかわりに使うことにした。(断捨離してなくてよかったね。)DVDやブルーレイを見ることができるように変換機器もつなぐ。

今の映像でも、昭和や平成初期のものに思える不思議。昔こんな画質で見ていたんだという驚き。そういえば、デジタル映像がお茶の間で一般的になったとき、そのクリアさにこんなにはっきり映らんでいいやん、女優さんとかも大変やな~という感想を抱いたことを思い出す。こんなブラウン管って荒かったっけ?それでも世代なため、懐かしいその映像にすぐにまた慣れてしまった。

人はすぐに忘れてしまう。

twitterのような短い文章を読むのに慣れると、長い文章が読めなくなってしまうことに気づき怖くなったことがある。はじめは驚いたり警戒していたとしても、知らないうちにじわじわと慣れて忘れてしまう。

日々の習慣、繰り返されることには注意をしなくては。
慣れって怖い、気を付けようと思う。


(my)

Sunday, 26 April 2020

ブレイン・サーキット

約1年間ぶりのブログ投稿。
どうして書かなかったのかというと、書けなかったのだ。

2019年はずっとスピーカー開発をやっていた。目に見えない音の世界をさまよっていると頭の中の回路が切り替わってしまったかのように、文章が書けなくなる。自分でも不器用な頭だなぁ、と思うけど実際すごく難しい。

5年前にMONOを開発してからずっと貯めていた断片的な音のイメージを形にする作業。オールホーン形式の大型スピーカーということは決めていたけれど、これがなかなか思い通りの音を響かせてくれなかった。

毎日改善点を色々と調べたり、音の謎について思いを巡らせていると、どんどん論理的(言語的?)な頭ではなくなってくる。音のちょっとした動きの変化を捉えようと感覚を高めようとするあまりにアンバランスになってしまうのだろう。

紆余曲折あったが、11月にスピーカーCOCOが誕生した。この春には新たにスピーカーNORMも。当初は続けて2つ開発する予定ではなかったのだが、事の成り行きというもの。

頭の回路も元に戻ったようなので、これからはちょくちょく投稿します。これからもよろしくお願いします。

(青柳)

Wednesday, 22 April 2020

SF小説のような

前回ブログを書いたときから、世界は様変わりしてしまった。
不穏な気配に心配はしていたけれど、こんなふうになってしまうなんて。パラレルワールドに迷い込んだような、不思議な気持ち。

いままであたりまえだと思っていたことが、急にできなくなったりする。
よほど柔軟な頭と体を持っていないと、対応できない。先延ばしにする癖をやめようと思う。こんなときこそ、日常生活を淡々と冷静に着実にと、言い聞かせる。

不安が心の舵をとろうとしたら、あたりの景色を深呼吸しながら眺める。
右往左往しようとも、それでも変わらず春はやってきている。
自然や動植物の様子で感じる。そして、ゆっくりと音楽を聴く。

できることからやろうという前向きな気持ちが戻ってくるだろう。

(my)

Sunday, 2 February 2020

どんな春が

冬を通りこして、春の日差しを感じる今日の湖東。

最近の気になっていること。
エディスリマンのセリーヌ(70年代クラシカルエレガントスタイル。こういうのが好き!ティエリ・マントゥ「BCBG」を久しぶりに読み返しています。)、スカートクロニクル、堀越絹衣さんの80年代のスタイリング(たぬきといいルビィといいアイドル映画っていいな)・・・そしてなんといっても藤真利子さんのレコード。

声といいカバーの選曲(おなじフレンチ趣味。LIOでもその曲を選ぶかという親近感)といいすごく好みなのです。気長にLPレコードを探して集めようとおもっています。

(my)

Tuesday, 7 January 2020

あたらしい年

あたらしい年がスタートしました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

いつものように過ごしたお正月。
なにげないふつうのことが、ありがたく思える今日この頃。
行事や決まりごとって、気持のリズムをとるには必要だとしみじみと感じます。

よい年になりますように。心から願います。

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*お知らせ*

雑誌『ミセス』2月号に、弊社スピーカーMONOが掲載されました。
家で過ごす「幸せ時間」の中のオーディオ特集です。(72ページ目)

個人的に大ファンのホルトハウス先生やいつも楽しみにしている清野恵里子さんのきもの連載(「折にふれて」は大好きな本)、甘糟りり子さんの鎌倉の家とかとてもすてきな記事がいっぱい。とても光栄です!

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(my)