Monday, 20 August 2018

思ったことの何割?

春ごろから作業していたホームページリニューアル作業がやっとメドがつき、先日公開することができた。5月には公開予定だったのだからヒドイものだ。

遅れた一番の理由は、現状のサイトでも見れる状態だったので、仕事の後回しにしがちだったこと。データの移行はとても地味な作業だったので、エンジンがなかなかかからない。日課にするには苦行すぎた。

ついに自分にムチを打ち、締め切りを設定した。期日を設け、うまくいくとエンジンキーがONになる。1速から2速に入りそのままうまく加速して完成するイメージを念頭に作業した。(ちなみにマイカーはマニュアル車です。)

なんとか締め切りギリギリでホームページをアップすることができてホッとした。でも思っていた内容の7・8割しか出来なかった。必要最低限という感じ。

いつも必ずそうなってしまうから面白い。がんばって膨らませたビーチボールの栓をする時、何パーセントかの空気が漏れて小さくなってしまうかのようだ。だからいつもイメージは思いっきり大きく持とうと思っている。途中で現実にぶち当たり、小さくなってきたら追加でイメージを押し込め、さらに膨らます。それでまた小さくなってコトは終わる。

限られた時間でできることは、いつも小さくなるからといって、手抜きはしたくない。精一杯吹き込まないとどんどん萎んでいってしまう。

強欲だなぁ、と自分のことを思うけど、想像するのは勝手。人生もそんなものかも。

(青柳)

Saturday, 11 August 2018

めがあう

ネット時代。通販がさかんになればなるほど、わたしは実際お店に足を運んで物を購入することに惹かれる。

もちろんネット通販のお世話になっているし、便利だなとも思っている。既存の知っているものを買うのには重宝する。ただそこにあるのは予定調和の世界。”これがあなたへのおすすめです”。まったく離れたとんでもないものをおすすめされることはない。

レコード屋さんや本屋さん。いろんなコーナーをなんとなくぶらつくうちに勘が冴えてくる。直感のようなものか。ふとめがあう表紙やジャケット。けしてどんな本やレコードなのか、ネットで調べてはいけない。だれかにおすすめされたものではないので、未知のもの。ぴんときたら、それを手に入れる。

すごく自分にあっていることもあれば、失敗なこともある。こうやって身銭を切っていくうちに、自分の好みに対する精度が高まってくる。オーダーメイドのような。これは自分自身で磨いていかなくてはいけないこと。すべてにおいていえること。例えば美味しいたべものについても。

みんながみんな、こういった感じを望んでいるとは思えないし、だれかのおすすめじゃないぶん、リスクも大きい。そのぶん自分にとってのぴったりがわかってくる快感はすばらしいものだ。めがあって、合うものがなんとなくわかるようになってくる。

どんどん現場主義、体験主義になっている。

(my)

Wednesday, 8 August 2018

夏の光

horaanaの建築は、約150年前に設計された。当時の建物は、夏の気候を快適に過ごせることに重きを置いて建てられていたらしい。というのも、夏の強い太陽の光、湿気は、人にとってはもちろん、建物にとってもダメージが大きいからだ。寒いときは、人は火をおこし、衣服を着込み暖をとったらよいが、冷房の無い時代において、暑さ対策でできることは限られている。

それにしても、今年の暑さは物凄い。この状態がこれからの標準になったらどうしよう。夏の服装や働き方も変わって行くんだろうな。ビジネス短パンが認められる日も近い。

今年の気温は150年前にはもちろん想定外だろうが、それでもhoraanaは比較的快適だ。クーラーが無くても、全ての窓や戸を開けっ放しにすると、気持ち良い風が吹き通る。茅葺きの断熱効果で屋根からの熱は無いし、土間はひんやりとしている。何より涼しく感じるのは、薄暗い部屋の明るさかもしれない。建物の向きを太陽の動きに合わせて設計しているため、光が過剰に室内に入ることはない。気持ち良い朝日が少し差し込む以外は、直射日光は遮断されている。

「明るい」ということは現代においては、「良い」ことだ。南向きに大きな窓を開け、真っ白な壁に包まれて、快活な室内空間を演出する。明るい部屋は冬はとても気持ち良い。おそらく、日本の現代建築は、北部西洋文化の影響が強いのだろう。一年のうち半袖で生活する期間がこんなに長くなった現在、そろそろ、アジア・アフリカなどの夏向け建築を参考にした方が良いのかもしれない。

夏の太陽光といかに付き合えば良いのか、昔の人は智恵を持っていた。自然を知ることは生きること直結していた。現代人が学ぶところがたくさんあると思う。

(青柳)