寝室で使っているラジオチューナーの調子がいまいち良くなかったので、一度内部を見てみることにした。ノイズが入りやすくて、少し時間が経つとチューニングがズレていく感じ。
7年前くらいにリサイクルショップで購入したとても古いTRIOのチューナー。ジャンク品で1500円だったと思う。コンパクトなサイズとシンプルなデザインが気に入って、ダメ元で購入したら、ちゃんとラジオが聴けて、こんなに古いのに凄いなー、と感心した。
それ以来、ラジオはチューナーで聴くようになった。ネットラジオも試してみたけれど、どこか音質的に物足りなく感じてしまう。レコードと一緒。ノイズは入ったりするが、アナログの音質は体感的に気持ち良いものだ。
チューナーの箱のネジを外して、電気的なことは分からないので、内部のホコリ、サビを可能な限り取り除いた。ついでに塗装が剥がれていた場所も補修してから、ボリュームノブを外して徹底的に全体を磨いた。元どおりに組み立ててみると、見違えるように光っている。あー、早くメンテナンスをやっとけばよかったと後悔。
寝室に運んでラジオをつけてみた。あれっ、音が良くなった。ノイズも少なくなっている。機械的な修理は何もやっていないのに、不思議なものだ。愛情をかけると機械もちゃんと応えてくれることを学んだ。人と道具の関係。いつも気持ち良い音楽を届けてくれて、感謝です。
(青柳)
Sunday, 17 May 2020
Wednesday, 13 May 2020
季節の色
季節に応じて、さまざまなテーマカラーがあることを知った。
今のような自然にあふれるところに住む前は、気づかなかったこと。
5月というのは、若々しい色にあふれている。
そして咲く花で印象的なのは、薄い紫色。
代表的なものは藤の花だが、個人的には庭にこの時期に咲く桐の花。
今日庭仕事をしている手をとめて見とれていると、あたりに蝶も舞っていた。
なんだか些細な事だけれど、それだけでとても嬉しい気分になった。
(my)
今のような自然にあふれるところに住む前は、気づかなかったこと。
5月というのは、若々しい色にあふれている。
そして咲く花で印象的なのは、薄い紫色。
代表的なものは藤の花だが、個人的には庭にこの時期に咲く桐の花。
今日庭仕事をしている手をとめて見とれていると、あたりに蝶も舞っていた。
なんだか些細な事だけれど、それだけでとても嬉しい気分になった。
(my)
Sunday, 10 May 2020
早起きのときは
ここ最近、かなり早い時間に目がさめるようになった。深夜といっても良いくらいの時間に驚いて、このまま起きてたら体が持たないと思い、寝床に戻ることもある。
もともと朝型タイプだが、太陽が昇っていても全然起きれない時期もあれば、今のように過度に早起きな時期もある。その両極端の間には、もちろん適度な時間帯に起きている時期がある。周期はだいたい2〜3年といった感じで、どういうことなのか、自分でもよく分からない。
寝床で日が昇る時間になることを待つことも多い。最初に教えてくれるのは、カラスだ。まだ暗い朝のある瞬間に、どういうつもりか分からないけれど、鳴き声を上げる。うっすらと日光が感じられるような時間になると、様々な鳥たちがあちこちから、何とも心地よい音を奏でる。こんな最高な音響の目覚まし時計はないと思う。サウンドは、サラウンドで立体的、かつ、とても自然だ。
起床してからの最初の日課は、コーヒーを淹れること。1日で飲む5杯分くらいの量を一度に作っておく。朝日を見ながらのコーヒー&スモーキング。そのあと、真空管アンプを温めてから音楽を聴く。レコードで聴くことが多い。それもクラシック音楽。生楽器のアナログサウンドがしーんととした朝の空気によく馴染む。
静かなピアノ曲や小編成の室内楽が定番。そのあとはその日の気分でレコードを選ぶ。最近、早朝に小さな音で聴いて鳥肌ものだったのが、BRIAN ENO "DISCREET MUSIC"。僕が持っているLPの盤質はかなり悪く、なかなか聴く機会がないレコードだった。
針を載せた瞬間、生まれたての朝の空気の中、スクラッチノイズが朝靄のようにとても美しく浮かび上がった。靄が晴れるように徐々に音楽が聴こえてきて、一時クリアに響く。朝日のようだと思った。その後、途中幾度となくノイズによって音楽が遮られながらゆったりと音楽が空間に漂う。レコードのノイズがこれほどまでに美しく響いたのは初めての経験だった。
「早起きは三文の徳」だなと思った。
(青柳)
もともと朝型タイプだが、太陽が昇っていても全然起きれない時期もあれば、今のように過度に早起きな時期もある。その両極端の間には、もちろん適度な時間帯に起きている時期がある。周期はだいたい2〜3年といった感じで、どういうことなのか、自分でもよく分からない。
寝床で日が昇る時間になることを待つことも多い。最初に教えてくれるのは、カラスだ。まだ暗い朝のある瞬間に、どういうつもりか分からないけれど、鳴き声を上げる。うっすらと日光が感じられるような時間になると、様々な鳥たちがあちこちから、何とも心地よい音を奏でる。こんな最高な音響の目覚まし時計はないと思う。サウンドは、サラウンドで立体的、かつ、とても自然だ。
起床してからの最初の日課は、コーヒーを淹れること。1日で飲む5杯分くらいの量を一度に作っておく。朝日を見ながらのコーヒー&スモーキング。そのあと、真空管アンプを温めてから音楽を聴く。レコードで聴くことが多い。それもクラシック音楽。生楽器のアナログサウンドがしーんととした朝の空気によく馴染む。
静かなピアノ曲や小編成の室内楽が定番。そのあとはその日の気分でレコードを選ぶ。最近、早朝に小さな音で聴いて鳥肌ものだったのが、BRIAN ENO "DISCREET MUSIC"。僕が持っているLPの盤質はかなり悪く、なかなか聴く機会がないレコードだった。
針を載せた瞬間、生まれたての朝の空気の中、スクラッチノイズが朝靄のようにとても美しく浮かび上がった。靄が晴れるように徐々に音楽が聴こえてきて、一時クリアに響く。朝日のようだと思った。その後、途中幾度となくノイズによって音楽が遮られながらゆったりと音楽が空間に漂う。レコードのノイズがこれほどまでに美しく響いたのは初めての経験だった。
「早起きは三文の徳」だなと思った。
(青柳)
Wednesday, 6 May 2020
新緑
名も知らない樹々から風に乗って運ばれてきた爽やかなにおい。深呼吸して、胸いっぱい吸い込む。あたりをみまわすと、いろいろな緑色のグラデーション。新緑の季節がやってきたと、嬉しくなる。
ふと、匂いについて考えてみる。人工的に計算された香水に惹かれる気持ちは想像できる。若いころ、興味をもって香水売り場に通ったりすてきなかおりを選びうつくしい瓶を化粧台に並べてみたり調香師の本やら読んだりしたときもあった。ただ憧れこそはすれ、身に纏うことはなかった。自分にとってしっくりくるものではなかったのだろう。料理するときや、持ち物にかすかに残ることが、気になったりしたということもある。
わたしにとっては、季節がつくりだす自然のはかないかおりを感じることが心地よいのだと思う。
(my)
Monday, 4 May 2020
家という基準
コロナウイルスが世に広まってから、以前より人々の家にいる時間が増加した。
もともとあまり外出しないような人にとっては、さほど変化がないことかもしれないが、外での活動をメインにしていた人にとっては、かなり非日常的な、苦しい状況であることは想像できる。どんな人であれ、自分にとっての「家」という存在を何かしら見直すきっかけになったと思う。
人間にとっての家は、動物にとっての巣と同じで、活動の基本になるような大切な場所。家は、その人となりを自然と多面的に表しているとさえ思える。他人を家に入れるのが感覚的に恥ずかしいと思うのは当然だと思う。
家は、個々の人間の活動、思考、環境の「基準」となるような存在ともいえる。今、世界中の人たちがおのずと足元を見直しているとしたら、世の中が変化するのは必然的だ。アフターコロナの世界はどうなるのだろうか?
ステイホームを続けながら、こんなことを考えたりしている今日この頃。
(青柳)
もともとあまり外出しないような人にとっては、さほど変化がないことかもしれないが、外での活動をメインにしていた人にとっては、かなり非日常的な、苦しい状況であることは想像できる。どんな人であれ、自分にとっての「家」という存在を何かしら見直すきっかけになったと思う。
人間にとっての家は、動物にとっての巣と同じで、活動の基本になるような大切な場所。家は、その人となりを自然と多面的に表しているとさえ思える。他人を家に入れるのが感覚的に恥ずかしいと思うのは当然だと思う。
家は、個々の人間の活動、思考、環境の「基準」となるような存在ともいえる。今、世界中の人たちがおのずと足元を見直しているとしたら、世の中が変化するのは必然的だ。アフターコロナの世界はどうなるのだろうか?
ステイホームを続けながら、こんなことを考えたりしている今日この頃。
(青柳)
Thursday, 30 April 2020
慣れについて
DVD用に使っていた液晶モニターがとうとう映らなくなってしまった。しまい込んでいたかなり昔の古いブラウン管モニターをかわりに使うことにした。(断捨離してなくてよかったね。)DVDやブルーレイを見ることができるように変換機器もつなぐ。
今の映像でも、昭和や平成初期のものに思える不思議。昔こんな画質で見ていたんだという驚き。そういえば、デジタル映像がお茶の間で一般的になったとき、そのクリアさにこんなにはっきり映らんでいいやん、女優さんとかも大変やな~という感想を抱いたことを思い出す。こんなブラウン管って荒かったっけ?それでも世代なため、懐かしいその映像にすぐにまた慣れてしまった。
人はすぐに忘れてしまう。
twitterのような短い文章を読むのに慣れると、長い文章が読めなくなってしまうことに気づき怖くなったことがある。はじめは驚いたり警戒していたとしても、知らないうちにじわじわと慣れて忘れてしまう。
日々の習慣、繰り返されることには注意をしなくては。
慣れって怖い、気を付けようと思う。
(my)
今の映像でも、昭和や平成初期のものに思える不思議。昔こんな画質で見ていたんだという驚き。そういえば、デジタル映像がお茶の間で一般的になったとき、そのクリアさにこんなにはっきり映らんでいいやん、女優さんとかも大変やな~という感想を抱いたことを思い出す。こんなブラウン管って荒かったっけ?それでも世代なため、懐かしいその映像にすぐにまた慣れてしまった。
人はすぐに忘れてしまう。
twitterのような短い文章を読むのに慣れると、長い文章が読めなくなってしまうことに気づき怖くなったことがある。はじめは驚いたり警戒していたとしても、知らないうちにじわじわと慣れて忘れてしまう。
日々の習慣、繰り返されることには注意をしなくては。
慣れって怖い、気を付けようと思う。
(my)
Sunday, 26 April 2020
ブレイン・サーキット
約1年間ぶりのブログ投稿。
どうして書かなかったのかというと、書けなかったのだ。
2019年はずっとスピーカー開発をやっていた。目に見えない音の世界をさまよっていると頭の中の回路が切り替わってしまったかのように、文章が書けなくなる。自分でも不器用な頭だなぁ、と思うけど実際すごく難しい。
5年前にMONOを開発してからずっと貯めていた断片的な音のイメージを形にする作業。オールホーン形式の大型スピーカーということは決めていたけれど、これがなかなか思い通りの音を響かせてくれなかった。
毎日改善点を色々と調べたり、音の謎について思いを巡らせていると、どんどん論理的(言語的?)な頭ではなくなってくる。音のちょっとした動きの変化を捉えようと感覚を高めようとするあまりにアンバランスになってしまうのだろう。
紆余曲折あったが、11月にスピーカーCOCOが誕生した。この春には新たにスピーカーNORMも。当初は続けて2つ開発する予定ではなかったのだが、事の成り行きというもの。
頭の回路も元に戻ったようなので、これからはちょくちょく投稿します。これからもよろしくお願いします。
(青柳)
どうして書かなかったのかというと、書けなかったのだ。
2019年はずっとスピーカー開発をやっていた。目に見えない音の世界をさまよっていると頭の中の回路が切り替わってしまったかのように、文章が書けなくなる。自分でも不器用な頭だなぁ、と思うけど実際すごく難しい。
5年前にMONOを開発してからずっと貯めていた断片的な音のイメージを形にする作業。オールホーン形式の大型スピーカーということは決めていたけれど、これがなかなか思い通りの音を響かせてくれなかった。
毎日改善点を色々と調べたり、音の謎について思いを巡らせていると、どんどん論理的(言語的?)な頭ではなくなってくる。音のちょっとした動きの変化を捉えようと感覚を高めようとするあまりにアンバランスになってしまうのだろう。
紆余曲折あったが、11月にスピーカーCOCOが誕生した。この春には新たにスピーカーNORMも。当初は続けて2つ開発する予定ではなかったのだが、事の成り行きというもの。
頭の回路も元に戻ったようなので、これからはちょくちょく投稿します。これからもよろしくお願いします。
(青柳)
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