Showing posts with label 音楽. Show all posts
Showing posts with label 音楽. Show all posts

Monday, 25 May 2020

スマイル

「村上RADIO」の特番が先週放送されたニュースを知り、聴き逃しサービスを使って聴いた。いつもと違い金曜夜10時から、しかも2時間番組だったようだ。『ステイホームスペシャル』。今だからこそ、の放送だ。

村上さん自身もステイホームで収録したらしい。ご自分のオーディオを使って録ったと聞いて、スペシャル感がグッと増す。コロナ状況下の今を生きている人たちに向けた、希望にあふれた選曲、冗談を交えたお話しに心が和み、温かくなった。村上さんと同時代を生きていることを嬉しく思った。

エリック・クラプトンが歌う『スマイル』が紹介された。たくさんの音楽家がカバーしていることは知っていたが、これは初めて。僕が一番なじみ深いのは、細野晴臣さんのヴァージョン。『HosoNova』のライナーノーツを読んでチャップリン作曲であることを知った。

ラジオのおかげで、ナット・キング・コール、マイケル・ジャクソンの歌をこれまでに聴くことができた。ネット検索してみると、時代を問わず愛されている曲だということがよく分かる。元々はインストゥルメンタルのこの曲に歌詞が付き「うた」になったそうだ。

歌い継がれる「うた」。
「うた」とは一体何なんだろうか?とよく考える。
ふと、作曲者の「こころの結晶」のような気がした。
チャップリンの心が、コロナ禍におかれた現代人の心と同調する。
ただただ美しい。

(青柳)

Monday, 1 April 2019

エラールピアノ

先月コンサートでびわ湖ホールを訪れた際、ホール奥のロビーに置かれているグランドピアノが気になった。よく見かけるピアノと佇まいが異なっていた。近づいて見ると、古い物であることはすぐ分かったが、細部を見れば見るほどデザインが新鮮で、モダンな印象さえ受けた。とても美しく思った。

1927年に作られた「エラール」というフランスのメーカーのピアノだと横に置かれていた案内板に書かれていた。2007年から始まったロビーでの展示はどうやら今年3月に終了するらしく、お別れのコンサートシリーズがあるらしい。これは良いタイミングに知ることができた。

最終日の青柳いづみこさんのコンサートに参加した。曲目はフランスの作曲家、クープランとラモーの作品。最初にピアノの音が鳴ったとき、普段コンサートで聴くグランドピアノとは全く違う印象を受けた。控え目な響きだが、一音一音がクリアに聴こえる。解説によると、チェンバロ時代に作曲された曲を現代のピアノで弾くと過剰に装飾的な響きになってしまうこともあるそうだが、エラールだと気持ちよく弾けるそうだ。

現代のグランドピアノはより大きなホールでの演奏を可能にするために、大きく華やかな音にしているのではないだろうか、と想像した。時代のニーズに応じてピアノは変化して来ていることを体験として知ることができた。スピーカーも同じく時代によって変化している。現代に聴くバックロードホーンのサウンドは、僕にとってとても新しい。エラールの味わい深く飾り毛のない音は、スピーカーMONOに通じるものがあると思った。

アンコールでドビュッシーの『月の光』を演奏してくださった。あまりに新鮮なその響きに心を奪われた。ピアノの背後に見える雨模様の琵琶湖の景色とあいまって、時間が止まったような不思議な気持ちになってしまった。

(青柳)

Sunday, 24 March 2019

BGMをレコードで

木工作業をしている時はいつも音楽を聴いている。手軽なのでCDを使うことが多かったのだが、最近なるべくレコードで再生するようにし始めた。

好きとか嫌いとか関係なしにCDで所有している音源の方がレコードより多く聴いていることに気づいたのがきっかけ。所有している枚数は圧倒的にレコードが多いのに。レコードは聴き過ぎると音質が悪くなるというイメージがあるのかもしれないけど、聴かない方が逆にもったいない。

昔買ったけど、あんまり聴いてなかったレコードを中心にセレクトするようにしている。ジャケットから出すと、案の定レコード盤はホコリやカビでずいぶんと汚れている。まずは水で念入りにクリーニングしてから針を落とす。レコード針がしつこいホコリを掻き出すから、再生が終わってからも軽くクリーニングする。中古盤は何回も再生した方が、どんどんホコリが除去されて音が良くなっていく。手がかかる分だけ、レコードには愛着が生まれる。

作業中のBGMをレコードで聴き始めて、レコードの音は気持ちいいなぁ、と改めて思った。スピーカーから作業場までは結構距離があるし、作業中は音は背後から鳴っている感じなのに、CDとの音質の違いは感じるものだ。頭じゃなくて体が気持ちいいと言っているような気がする。家庭のお風呂と温泉との違いにも近い。じんわりとあたたくて、気持ちいい感じ。

レコードをひっくり返したり、磨いたりするのは確かにめんどくさい事だけど、今はそれより音楽の再発見や音質の楽しみの方が優っている。いつまで続くか分からないけど、しばらく続けてみるつもり。

(青柳)

Monday, 18 February 2019

ネットでレコ買い その3

インターネットでレコードを購入し始めたのがいつだったのか忘れてしまったけど、ネットショッピング黎明期において、やっぱりAmazonの存在は革新的だったと思う。

日本にAmazonがやってくる以前から各国のAmazonを利用していた。莫大なタイトル数の取り扱い、簡単で安心して使えるシステム、何より魅力的だったのは、送料は多少かかるけれど、海外価格で格安にレコードが手に入ることだった。送料もレコード価格が安いので、合算しても割安感があった。

日本で買い逃していたタイトル、リリースされていることを知らなかったCDやレコードを見つけることが出来た。今では当たり前のことだけど、インターネットの検索能力のなせる技に単純に驚いていた。当時ヨーロピアンジャズにハマっていて、ドイツのAmazonでしか取り扱いがないCDが結構あった。ドイツ語がろくに分からないのに、アメリカAmazonのページを参考にしながら購入していた。(一度届かなくて焦ったことがあったが、英語で親切に対応してくれた。)

Amazonジャパンが誕生し、さらに使いやすく、送料を気にせずにレコードを購入できるようになった。気がついたらレコードだけでなく、書籍や諸々の品を購入するようになっていた。安くて便利な物の浸透力は強い。

いつ頃からか、Amazonでのレコード購入がそれ程楽しめなくなっている自分がいた。自分の購入・検索履歴から自動表示されるおすすめ商品も最初は情報としてありがたかったが、そのうちに似通った狭い世界の音楽ばかりを聴いている気がして来てしまった。

それに比べて、実店舗でのレコードハンティングはスリリングだ。ジャンルを飛び越えて新しいレコードを見つけてしまう。素晴らしいレコードとの出会いはいつも奇跡のようだと思う。その記憶はレコード店で購入したときのほうが強く脳に刻まれていることに気づいてからだろうか、価格よりもどこでどのように音楽に出会い、手に入れるのかということの方に重きを置くようになって来た。

最近では世界中のネットショップが発展し、必ずしもAmazon価格が最安でないこと、結構Amazonでは取り扱いがない商品が存在することが判明してきた。とはいえ、Amazonの豊富なデータベースはとてもありがたい存在だ。まるでコンビニエンスストアのように現代人のミュージックライフを支えているような気がする。結局、使い方はその人次第というところだろうか。

(青柳)

Thursday, 8 November 2018

AUTECHRE IN AUTUMN

スピーカーMONOを使い始めてからだろうか、オウテカの存在感がどんどん大きくなって来ている。
基本的に派手さがない音楽だと思うが、一つ一つの音を味わうとじんわり美味しい。
かなり硬質なテクノサウンドがこれほどまでに温かく感じられるのは、やはり作り手の心がなせる技なのだろう。
MONOのおかげで今までスルーしてしまっていたような音楽の背後にある何かを感じられるようになった気がする。

ついに以前から気になっていたオウテカの1991年から2002年までのEPを集めたボックスを手に入れた。
黒のペーパーボックスに収められたトーンの異なるグレーのCD5枚。つや消しの紙ジャケットにある文字は曲名のみ。しかも全てプリントではなく型押し。そして必要な情報は、CD盤面に読めないくらい小さな文字でサークル状にぎっしり記載されている。
美術館でスゴイ作品に不意に出会ってゾクゾクしたような感覚。これぞアート。僕はそう思う。

気がついたら最初から最後まで一気に聴いてしまった。47曲5時間39分59秒あるらしい。
秋の空気にオウテカはよく合う。
horaanaに訪れた突然の「藝術の秋」。

(青柳)


Thursday, 18 October 2018

ネットでレコ買い その2

インターネットでレコードを買えるようになって、一番楽しいのはDiscogsでの買い物。世界各地のレコード屋さんから直接購入することができるなんて夢のようだ。アーティストやレーベルのディスコグラフィーに直結しているので、「こんなリリースがあったのか」とそのまま買ってしまうことも多々。WANT LISTのレコードを探すには本当に最適だと思う。探し求めていたレコードを購入することが多いので、手堅い買い物なのだが、レコード以外のドキドキ感が付随しているのがハマってしまうところ。

国際郵便で送られてくるので、いつ届くのか具体的にわからない。「もしかしたら届かないかも。」なんて思いながら毎日配達を心待ちにするのも童心に戻ったようで悪くない。ついに届けられた時の嬉しさといったら。この感情は国内配送では味わえない。

届いたレコードのパッケージを見るのも楽しみのひとつ。ダンボールの色や質、テープの貼り具合、手書きで書かれた宛名、発送国の切手の絵柄。長旅を終えて海外からやって来たという佇まいを全体にまとっている。匂いもどこか違う。

再利用されたツギハギの破れたダンボール、グチャグチャに貼られたテープに殴り書きの住所というすごい状態で届いたフランスからのパッケージが抜群にカッコ良く、アートを感じてしまったこともある。最近ドイツから買ったゴンチチのLPは、保護のためにナナ・ムスクーリのダブルジャケットに包まれて送られてきた。(写真参照)ギリシャからのレコードは、自分で撮った犬の写真のポストカードにメッセージをつけて同封してくれていた。どこの国かは忘れたが、パッケージを開封すると「Enjoy Music!」と書かれたダンボールの切れ端が出てきたこともある。(今も捨てられずに保管している。)

Discogsでの買い物は、大手のオンラインショッピングでは味わえないような前時代的なアナログ感がある。海外の人とちょっとしたコミュニケーションがとれたり、文化の違いを楽しめるのが良いところ。異国に思いを馳せながら届けられたレコードを聴いていると、つかの間の旅行気分を味わえる。

(青柳)

Friday, 28 September 2018

源氏物語

最近、気になっていること。それは「源氏物語」。

もともと古典文学は好きで、専門的に勉強していたこともある。高校生の頃、とある古典の問題集に載っていた物語があまりにもなまめかしく、その魅力に気付きその後古文全般に一気にはまってしまった。紫式部が源氏物語を書いたお寺も行動範囲中にあり、またもともとオタク気質なので余計のめりこんだ。その頃は、説話集が好きだった。「源氏物語」は教科書にあるかけらと「あさきゆめみし」を読むくらいだった。(なんだか高校生のわたしにはしっとりし過ぎてきた。)

なぜかここ急にきちんと「源氏物語」を読んでみたくなっている。(でも長いからなぁ・・・。)まずは気分を盛り上げるため、細野晴臣さん(まただね!)の「源氏物語」のサントラを聴きまくっている。(またこれが、秋のhoraanaに合うのです。)田辺聖子さんの解説書を読んでみたり。

高校生のときと、大人になった私と登場人物について、全然おもうことが違う。
さすがずっと残る古典は違うね。(とえらそうかしら。)複雑で多方面から織りなす物語。そらお后の位より、ずっと本を読んでいたいよねという某日記に、同感・・・。

(my)

Friday, 14 September 2018

ネットでレコ買い その1

都市部を離れて暮らしてから少しさびしく思うのは、レコード屋さんに行く機会が減ったこと。生活していて特に不自由や不満を感じることはないのだけど、こればっかりは長年の趣味(中毒)なので、たまにふらっとレコード買いに行きたいなー、と欲が出てしまう。

今、やっぱりネットで買い物することが多い。ネットで探すときは、「検索」という行為がつきもの。世界中の莫大な情報から欲しいものを的確に探してくれるので、アナログ時代に比べて、WANT LISTに入っているようなレコードを探すのは容易になった。試聴システムも充実しているので、自分の求めている音楽を高い精度で提供してくれる。

そのこと自体はありがたいことだけど、レコード屋に行くことの醍醐味は、逆に「精度の悪い」買い物をすることだと思う。

探しているレコードの棚を見ることからスタートして、忘れていた欲しかったレコードを見つけたり、不意に気になるジャケに出会ったりしているうちに、手に持ったレコードはどんどん増えていく。レジに行く前に財布と相談しながら、棚に返すべきか買うべきかを選別作業をしている時、結構真剣な顔をした自分がそこにいる。

その時の気分や出会いを重視しているので、購入品が果たして好みの音楽かは針を落とすまで分からない。想像以上の収穫もあれば、もちろん後悔することもあるけれど、このドキドキ感がたまらないのです…

ネットでレコ買いするときにも、なるべくドキドキ感を高めるようにしている。(具体的な方法はまた紹介します。)それは、不確定要素をなるべく増やす工夫なのかもしれないな。とにかくこんな場所に住みながらレコード欲を満たしてくれるネットに感謝。

(青柳)

Thursday, 30 August 2018

あの夏の感じ

これだけ暑いと、いつまで夏が続くのかおそろしくなる今日この頃。
でも夏休み最終日の8月31日が「夏のおわり」という感覚はこの歳になっても残っている。(今の夏休み期間は地域によって結構違うようだが。)「今日は30日、あと1日しか夏がない…」学生の時のいろいろな感情が入り混じったあの感じは、言葉では説明しづらいものがある。

そういえば、坂本慎太郎さんが『できれば愛を』に関するインタビューで、「夏休みの最初の日の朝っぽいアルバム」をテーマにしていたと語っていた。すごくよく分かります。その感じ。

今宵は、「あの夏の感じ」を永遠に封じ込めたような音楽、ジョナサン・リッチマンの "That Summer Feeling" に針を落とすことにしよう。

(青柳)

Monday, 30 July 2018

JUST LIKE MUSIC

時間の流れかたはつくづく不思議におもう。

先日の京都出張で、18年前の同じ日にリンクすることがいくつも重なった。
ひとつが浮上すると、泡がくっつき合うように、ボコボコと立ち現れる。

時間は真っすぐには進んでいない気がする。
円を描きながらある方向に向かって流れてる。
別の角度から見るとスパイラル状に動いているというイメージも頭にあるが、
そんな単純な動きではないのかもしれない。

過去と現在がぴったりと合わさる瞬間。
円弧が過去の一点を通過する。
記憶が呼び起こすいたずら…

いや、時間はシングルノート。ただ坦々と進んでいるのかもしれない。
人間の心がそれに和音を加え、音楽のように時間を多層的に彩る。

どちらにせよ、僕たちにとっての時間は、音楽のように謎多くも魅惑的な存在。
つかもうと思ったって、逃げられるから、ただ流れを感じていたい。

(青柳)

Sunday, 8 July 2018

SUNDAY MORNING

光の朝。
前人未到の長雨はようやく過ぎ去った。
青い空と白い雲の鮮やかな色彩が目に焼きつく。

なんだか違う世界にいるようだ。

脳内に『SUNDAY MORNING』が自動再生された。
レコード棚からシングル盤を探し出し、針を落とした。

- Watch out, the world's behind you -

世界は移ろいゆくもの。
いつまでもおんなじじゃない。

(青柳)

Friday, 29 June 2018

いつもあとから


茅ヶ崎のカフェBRANDINで今月開催された試聴会「HORA MEISTER'S VOICE」は、犬ジャケ展の関連企画だった。イベント後半はみんなで犬ジャケのレコードを持ち寄って聴く会「みんなのモノノネ」。僕も参加するために、片っ端からレコード棚を漁って犬のレコードを探したのだが、意外と見つからなかった。

人と犬が使われているものは数枚あったのだが、「犬ジャケ」というからには、犬だけが堂々とジャケットで、なおかつ音楽も好き、というレコードを選びたいという欲にかられた。結局イベントでは、イラストで描かれた犬と月が載ったMOONDOGの「Snaketime Series」から選曲した。でも、ムーンとドッグなはずなのに、イラストの犬が狼にしか見えないところが、どこかイマイチ感を心に残す結果に…

BRANDINでの展示を観ても犬オンリーの犬ジャケはほとんどなかった。猫ジャケは本が出てるくらいだから沢山あるんだろうけど、犬ジャケは絶対数が少ないんだろうなぁ。

先日レコード棚を見ていると不意に犬の顔が飛び込んできた。それもかなりのインパクト。加藤和彦『スーパー・ガス』だ。全くの盲点だった。久しぶりに聴いてみると内容もとても素晴らしい。イベント前に発見されなかったことが残念。でも、そんなもんだよな…

思っていたことは、いつもかたちを変えて後からやって来る。自分の想像とは違ったものとして、目の前にスッと現れるから面白い。そんな経験が多々あるので、物事が上手くいかないときも、その時を心待ちにしてのんびりと構える癖がついた。今回の話では少し大げさだけど。

それにしても、面白い音楽だ。特に『せっかちと』のパンク・スピリットに痺れる。これはまさしく、NEU!。つのだ☆ひろがハンマービートを叩いている。wikiによるとジャケのスーパーマンは、加藤和彦の知人が飼っていた「ガス」という名の犬。そう思えば、このアルバムのフワフワした謎めき具合は、ガスのよう。過度な吸引には気をつけよう。

(青柳)

Sunday, 24 June 2018

音楽の住む街

音楽との出会いは、人との出会いとよく似ている。
なんてったって、出会いは楽しいこと。

出会いを求めて自発的にレコード屋に行くこともあれば、ラジオでかかって思いがけず出会ってしまうこともある。
僕は記憶力に乏しいタイプなのだが、「音楽との出会い方」に関する思い出は、割と頭に残っている。
人と初めて会った瞬間って意外と覚えていませんか?特に自分にとって大切な人に関しては。

最近の音楽定額配信サービスにあまり関心がないのは、その音楽との出会い方が、僕には利便的過ぎて、味気ないから。ネットでCDを検索したら「これを買った人はこれも買っています」と教えてくれるのにも、どこかお節介さを感じてしまう。
それもこれも「音楽」を「人」のように思っているからだろう。

そう考えると自分のレコード棚が、僕の人生で出会った人々が住む「街」のように見えてきた。
僕にとって理想の街は、人種も性格も様々で、活気のある場所。
そんな街に住んだら毎日飽きることがない。

新しく街にやって来る人がいれば、たまに去って行く人もいる。
昔に一度だけ会ったことのある人に再会して意気投合することもある。
生きるうえの指針のようなことを教えてくれた先生達がいる。

棚からあふれるほど沢山のレコードがあるけれど、日常的に聴くものはとても少ない。
それらはおそらく僕の家族のような音楽なのだろう。
いつも安心して聴ける音楽。

「出会いは縁」。
それが全て。

(青柳)

Saturday, 16 June 2018

Broadcast




ここ最近、Broadcastの音楽がぐっとくる。

このバンドがでてきた頃の感想は、なんとなくステレオラブフォロワーな感じかなとあまり派手さがないように感じ、特に注目していなかった。

20年位経ち、わたしも変わったのか、控えめで地味なものを好むようになってきたからか。今、Broadcastの音楽がすごくぴたっときている。(逆に、ステレオラブは昔ほどは自分とフィットしていないように思える。もちろん十分すてきな音楽ですが。)

積み重ねで、いろいろ音楽を聴いたりして、わたしの見方も多面体になってきたのかな。こういうのが年を重ねる楽しさかしら。

本も音楽も、印象がかわったり分かったと思う瞬間があって、それを感じると今までと見方も感じ方も違っておもえる。そんなことが醍醐味だとおもう今日この頃。

まだまだたくさん発見があるのが楽しい。

 (my)

Sunday, 27 May 2018

夢が叶うということ

20年以上探していたレコードを先日ついに手に入れることができた。無茶苦茶レアということもないのだが、今まで不思議と縁がなく、レコードショップでお目にかけたことがなかった。

その音源はずっと愛聴している。ロンドンに留学していた時、近所の図書館がそのレコードを所蔵していて、MDにダビングした。返却するときはとても名残惜しかったが、きっとすぐに見つかると楽観的に思っていた。それが簡単に叶わなかったことで、このレコードは僕にとって特別な存在になった。

時代は変遷し、音源はMDからmp3に姿を変え、幾度と無くその音楽を再生してきた。完全に耳に馴染むほど愛聴して来たが、自分の肌の一部になっているような感覚にならないのが、デジタル音源の持つある種の宿命的欠落感なのかもしれない。でもレコードでこれほどの回数聴いていたら、溝が無くなっているかもしれないな。

このレコードを所有している人に出会う度、僕のWANT LISTのトップだと話してきたが、みんなそんなに珍しいの?という感じだった。その度に、いつかきっと自分の手元にやって来ることをずっと夢見てきた。

その念願のレコードを先日ヤフオクで購入した。競うことなくリーズナブルな価格で落札。インターネットは夢を呆気なく叶えてくれた。

届いたレコードをよくクリーニングしてから、ターンテーブルに載せた。溝をこすって生まれる音はやはり、体にとても気持ちいい音だった。空間に浮遊する音をぼーっと聴きながら、夢が叶ってしまうことは、嬉しい反面、淋しさも同時に感じることを知った。

レコードを入手してから、毎朝起きたらすぐに聴いた。再生が終わると、毎回クリーニングして盤を磨いた。中古レコードは、溝についしつこい埃がとれるまで時間がかかることがあるからだ。

ある朝、聴き終えジャケットにレコードを入れようとした時、うっかり手を滑らして床にレコードを落とした。拾って盤を確認すると、くっきりと大きな傷が入っていた。自分のドジさ加減に呆れ、楽観的な僕でもさすがに落ち込んだ。針を落としてみると、音飛びは無かったが、A面数曲に渡って、いくら磨いても消えない「プツッ」という音が無数に刻印されていた。新しく自己主張の激しい演奏者を加えたように。

こうして、念願のレコードに悲しい記憶が刻まれてしまった。そのレコードはリプレス盤だったので、いつかはオリジナル盤を手に入れるという新しい夢が代わりにできた。

夢は夢のまま、簡単に叶わない方が良いのかもしれない、と自分を慰めることにした。次にこのレコードを手に入れるまでは、ノイズの乗ったこの音と付き合って行こうと思う。レコードの道は果てしない・・・

(青柳)

Tuesday, 15 May 2018

音楽との対話

音楽と自分との距離感に興味がある。

ずっと遠いと思っていた音楽が、あることがきっかけで親密な関係性になること。
そのトリガーは意外とちょっとしたことが多い気がする。

その音楽をより深く聴き、知ることで、自分に近くなる。先入観なく自由な気持ちで接することで、今まで感じなかったような一面が浮かび上がってくる。

音楽との対話。
自分自身と会話しているような錯覚を覚えることもあるから面白い。

(青柳)

Saturday, 14 April 2018

えーあい


「AI」という言葉がここ最近いろいろなところで取り沙汰されていると思っていたら、すでに現実世界に形となってかなり浸透しているようだ。

「Artificial Intelligence = AI」という言葉をはじめて知ったのは、四半世紀前、大学生の時に買ったWarp RecordsのコンピレーションCDのタイトルからだった。今では死語と化した「インテリジェント・テクノ」というリスニング向けのテクノミュージックがあると知って買い求めた。それまでもKraftwerkやYMOなどのクラシック・テクノはお気に入りだったが、現代的な四つ打ちテクノが自分の好みかどうかについてはかなり懐疑的だった。

冒頭の "The Dice Man" によるトラックを聴いた瞬間、新しい世界が広がったような気がした。「人工知能」というタイトルから連想していた「無機質さ」や「冷たさ」とは対極にある「温かさ」をその音から感じ取った。

この曲をきっかけにRichard Jamesという存在を知り、Aphex Twin、Polygon Window、AFX等の別名義音源を買い漁ることになった。結果として、このコンピレーションとの出会いによって、テクノワールドにどっぷり浸かっていくことになってしまった。Autechre、Richie Hawtin、Alex Patersonといったキーとなるアーティストが多数参加していたのも功を奏したのかもしれない。

久しぶりにMONOでこのCDを聴いてみた。
最初の印象のままに「人肌テクノ」で嬉しくなる。

こういう音楽に接すると、ものづくりにおいて、テクノロジーが新しいか、古いかはあまり重要な要素ではないと思ってしまう。肝となるのは、結局「作り手のこころ」。そこに同調するかどうか。

現在の「AI」技術の背景には、もちろん「人」がいる。多数の人が関わって作っているからか、その「こころ」がかなり感じ取りにくくなって来ている気がする。もうすでに「AI」が新しい「AI」を作り始めているのなら、正直もうゴメンという気持ちになってしまう。

(青柳)

Tuesday, 13 March 2018

ホラー対決 at horaana



たまたま最近、武満徹の映画音楽『四谷怪談』とデヴィッド・リンチ『イレイザーヘッド』を数日置いて聴く機会があった。同じホラー映画のサントラでも全然音から受ける印象が異なっていてたいへん興味深かった。

共通しているのは、生活音の中にスッと入ってくる奇妙な音を効果的に使っているところ。背後から音がしたような気がして、振り返ってしまうような。これはステレオを超えた3D音響の世界ともいえる。それがさらに、ある音が4D的に感じられた瞬間、人は恐怖を感じるのかもしれない。(『四谷怪談』はモノラル録音なのが驚き)

今スピーカーに向かって、2つのサントラを聴き比べているとぜんぜん怖くない。先日は作業をしながら背中越しに離れた場所で聞いていたら、「音だけでこんなに恐ろしいとはスゴイ!」って興奮するほどだったのに。ともに素晴らしい作品だから、リスニングに集中するとどうしても音楽的に感じられてしまうのだろう。

個人的には、『イレイザーヘッド』の方がコワイ。ずっと聴いていたら精神が壊れてしまいそうだ。僕の日常音からあまりにも異質過ぎる。ピーター・アイヴァースの歌う "IN HEAVEN" は美しいが、現実から浮遊していて、白昼夢を見ているようだ。初の長編映画でこんな音響を作り出すなんて、リンチの非凡さに脱帽。

うってかわって『四谷怪談』の音は、日本の音世界。尺八の音で幽霊が登場することにホッとする日本人の僕がここにいる。西洋楽器も多用(プレイペアード・ピアノも!)されていてそのミックス具合が絶妙。音楽的にも音響的にも楽しめる。

建物の外に漏れる『四谷怪談』の音が、horaanaにハマり過ぎて怖かったと部屋に入ってきた妻が言っていた。音を怖いと感じるとき、そのシチュエーションがキーになるのだろう。そもそもふたつとも映画のサントラなのだから、映像と合わせて聴いてみてからどちらが本当にコワイか判断することにしよう。

(青柳)

Tuesday, 6 February 2018

月がおしえてくれたこと


今日は特に月が美しいと思っていたら、特別な夜だと知った。それも150年ぶりの月。前回とだいたい同じ時に建った家から眺めるのも感慨深い。

その日の昼下がり、レコード棚を見ていたら、Beach Boys "Pet SoundsとMy Bloody Valentine "tremolo ep" が目に入り、無性に聴きたくなった。仕事が終わってからゆっくり聴こうと思って、ターンテーブルの近くに置いた。ぼくにとってのベスト「月の曲」が両方のレコードに収められている事に後から気づいて驚いた。

晩ごはんを食べながらNHKラジオを聴いていたら、不定期番組「ムーンライトシャワー」が始まった。今日はこの特別な月に合わせての放送だろう。粋な計らいだ。DJイワサキ氏による昭和的な一人語りとイージーリスニングな選曲がいつも良い。

Chet Bakerによる"My Funny Valentine"が流れた。今宵に聴くとほんとうに月でChetが歌っているかのようだ。そういえば、赤い月形のソファに女の子と楽しそうに座っているジャケットのChetのアルバムもあったっけ。

食後にずいぶんと小さくなった月を確認してから、マイブラの "moon song"を聴いた。"honey power"からの繋がりが好きなので、B面最初から針を落とした。心なしいつもと異なる味が混ざっている。不意に"My Bloody Valentine"  が"My Funny Valentine"を文字っていることに気が付いた。("My Bloody Valentine" という変な名前は、初期メンバーがカナダのB級ホラー映画のタイトルから拝借したらしい。)この関係性に気づくことは不思議と今まで一度も無かった。今日の不思議な時間軸が、僕の頭に何かを送信してくれたのかもしれない。

Beach Boys "Let's Go Away For Awhile"がもう一曲の月ソング。初めて乗った飛行機の窓から雲の上に輝く夜月を見たとき、この曲の音が脳内に再生された。そろそろ一時的に月が完全に消えてしまう時間。曲名さながら、しばらく月がどこかに行ってしまったかのようだ。

特別な月の夜、ぼくは不思議な気づきの巡り合わせに驚いたけど、スーパーブルーブラッドムーンにとってはこれくらいのことは、ごく普通な出来事なのだろうな。

(青柳)

Sunday, 14 January 2018

I LOVE VALOR


外にいるのととあまり変わらないくらい寒いhoraana。昔の農家建築は、家にとってダメージを受けやすい夏の気候に合わせて、空気が循環するように作られているから仕方がない。そのかわり夏はクーラーが要らないくらい涼しい。でも冬は大変…

ガンガンにストーブを焚いても外気が入って来るので、意味がない。結局一人一台のストーブを火鉢のように使っている。かなりの至近距離に置くので普通の石油ストーブだと熱すぎる。valorというイギリスのメーカーが作っていた古いストーブが火力が弱く、燃費も良いので丁度良い。

valorストーブのような物をもう一台増やそうと思って色々探したけど、なかなか見つからない。こんなにあったまらないストーブ、時代遅れなんだろうな。

結局オークションでvalorの2灯式を見つけて購入した。今までのは円筒形だが、今回のは箱型。内部を見て分かったが、今まで使っていたストーブと全く同じ部品を使っている。タンクは一つで、点火する筒が2本生えている。

2倍の暖かさになるということか!と喜んで2本に点火したが、それほどでもない。新しいvalorは熱を上でなく、前に放出する構造だから、暖かさの質がことなる気がした。ふんわりとした熱が良い感じ。

寒さに応じて点火する筒の本数を変えて温度調節できるのも画期的、というかかなり原始的だ。valorは初めて使う人には火加減が難しいストーブ。コツをつかんで、まめに手入れをしていれば、綺麗なブルーフレームが生まれる。超シンプルな作りなので、メンテナスすれば一生物だ。

こんなに可愛いストーブ、なかなか無い。手がかかっても素直な子ほど愛おしいものなのだろう。

(青柳)