「奏でる」をテーマとした展覧会に参加することになって、その言葉の意味を改めて考えてみた。
まず思ったのは、「演奏する」とは異なるということ。「奏でる」は些細でプラベートなイメージ。日常個人的に爪弾くギターは、「奏でる」だが、同じ曲をステージで演奏するとなると「演奏」となる、ような気がする。
言葉のニュアンスってとても面白い。他人とどこまで共有できているかいつも分からなくなる。でも、そのことについて考えることは楽しいし、終わりのないゲームのようだ。
楽器の出来ない人が「奏でる」となると、どういうことだろうか?そもそも「奏でる」ことは楽器がなくてもできるはず…
頭の中が色々な方向にグルグル回って、出てきた言葉が、「聴く」。
「奏でる」とき、そのひとは、その場の音を聴き、音を発する。必要なければ、何も音を出さないこともあるかもしれない。でも「場」がなければ、「奏でる」ことは誰にもできない。
「奏でる」とは、「その場、その時との音を介した対話」のような気がする。
だから言葉としては、「聴く」がとても近しい。こういう流れで考えてみると、「表現する」という言葉も「奏でる」に近くなってきた。ゲームはつづく…
蝉の声を聞きながら、たわいもなくこんなことをボーっと考えているこの瞬間が、とっても「夏を奏でている」気がする。
(青柳)
*「夏を奏でる」をテーマに展覧会用にCDをセレクトしました。(→インスタグラム参照)真っ白なギャラリーで新しいホワイトモデルのスピーカーで音をお楽しみいただけます。あなたの「奏でる」音楽も再生致しますので、お気軽にスタッフにお尋ねください。(CDもしくは、ステレオミニジャック対応プレーヤーは再生可能)