Monday, 19 June 2017

井戸そうじから学んだこと

horaanaには井戸がある。深く掘られたものではなく、自然と水が湧き出てくるような小さな井戸が「水屋」と呼ばれる昔の台所の中にある。
引っ越して来たときから、井戸の中には長年の泥がたまって淀んでいた。水はいつも土の色をしていた。
雨が降ったら水かさが増え、雨が降らないと少なくなる。だからといって、水が無くなることはない。最低量はある程度一定にキープされている。

先日思い立って井戸のそうじをしてみた。
ポンプで井戸の水を外に排出してから、ひたすら泥をバケツでかき出す作業を繰り返した。泥の中から茶碗のかけらが出てきたりした。泥が少なくなってくると井戸の底と脇に穴が開いているのが分かった。意外と小さな穴だ。泥が詰まっているので棒でつついた。

ほぼ泥を出し終わった頃、脇の穴から透明の新しい水が流れ込んでいるのが見えた。
濁水が流れ込んでいるわけではないのであれば、井戸の水がきれいになるのかもしれない!
そう分かると一気に楽しくなって、作業をやり終えた。

翌日井戸を見ると水量は、そうじ前とほぼ同じになっていた。水はそれほどきれいではなかったが、格段に透明度が増している。柄杓で水に浮かんだ不純物を掬う作業を日課にすることにした。

日に日にきれいになっていく井戸の水を見ていると、いままで井戸は「ただ淀んでいたのではなくて、見えない所にちいさな流れがあって、生きていた」ということに気付いて感慨深くなった。
今までの人生、どうしようもなく停滞しているように感じる時期もあったけど、実は見えないところに流れがあって、だから今の自分がいる、ということを井戸から教えてもらったような気がした。

(青柳)